お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

捨てると自由がやって来る

    一切を捨離(しゃり)すべし一遍

 「成し遂げたい」「手に入れたい」

 そうした思いが人生を前に進めてきたことを否定はしません。ただ、手にしたものは本当に必要だったのでしょうか。欲望に踊らされて、必要ではないものまで、手に入れようとしていないでしょうか。

 古代ローマでは、宴会でたらふく食べた後、もっと食べるために、胃のなかにあるものを吐き出して、また鯨飲馬食(けいいんばしょく)をしていたといいます。

 私たちは何も所有することがなく、裸で生まれてきました。本来無一物である存在が人間です。お金にしても、権力や名誉にしても巡り合わせで手にすることがあるだけで、必ずしも自分のものではありません。

 にもかかわらず、そこにしがみついてしまうことに苦しみが生まれます。「もっと、もっと!」と手に入れ続けて、動けなくなるのが私たちではないでしょうか。自由に動くためには、まず捨てることです。

 一切を捨離して、世の中を眺める。そこにあるがままの世が映るのです。

    【 『老いを生きる 仏教の言葉100』 ひろ さちや[監修]  】

 

 文中に「鯨飲馬食」とあります。その意味はこのようです。「いちどに度はずれて飲み食いすることのたとえ。鯨が飲むように大酒を飲み、馬が食べるように大食する、の意から」(『故事ことわざ辞典』より)。

 私たちの、物事に対する執着が如何に強いかを表しています。結果、「しがみついてしまうことに苦しみが生まれます」。

 苦しまないためには、真逆の執着心を捨てることだといわれます。捨離することで苦しみから解放され、自由になれるからだと。

 捨てると自由がやってくる ( Get rid of unnecessary things and you get freedom in

your life. )。