お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

2021-12-01から1ヶ月間の記事一覧

自力の心を捨てなければ、往生できない (One Cannot Birth in the Pure Land, If They Do not Throw Away the Mind of Self-power)

日ごろのこころにては往生かなふべからず(歎異抄) 『歎異抄』を執筆した唯円は、当時広まっていた「罪を犯すたびに懺悔し、回心しなければ浄土へ往生できない」という教えを批判し、回心というものは生涯にたった一度だけだと述べました。その「一度」とは…

心がよいから、よい行いをするのではない(Because One’s Heart Is Good, They Do not Do Good Acts)

わがこころのよくてころさぬにはあらず。また害せじとおもふとも、百人・千人をころすこともあるべし(歎異抄) この言葉は、親鸞と唯円の対話によるものです。親鸞のいうことは必ず実行できるという唯円に対し、親鸞は「では私がいうなら、千人殺せますか」…

この世との縁がなくなれば、命も終わる ( When We Are through with Relations to this World, Our Lives End, too )

なごりおしくおもへども、娑婆の縁尽きて、ちからなくしておはるときに、かの土へはまいるべきなり(歎異抄) この言葉は120ページに続く一節です。「この世は捨てがたく、浄土に心惹かれない」と述べた後、「どんなに名残惜しくても、この世との縁が尽きれ…

相手を疑わず、素直な心で聞く ( We Should not Doubt a Companion , and Listen to Him Meekly )

きくといふは、本願を聞きて疑ふこころなきを「聞」といふなり(一念多念文意) 「阿弥陀さまの声(教え)を疑う心を持たずに聞くことこそ、〝聞”というのである」と親鸞はいいます。疑いのない素直な心で教えをいただくことができたとき、初めて真理にたど…

日々の行いが自分をつくる(Daily Acts Make Oneself )

卯毛・羊毛のさきにいるちりばかりもつくる罪の、宿業にあらずといふことなしとしるべし (歎異抄) 私たちが発する些細な言葉や、ちょっとした振る舞いにもそれまでの生き方が表れています。初対面の人との会話の中にも、その人の普段の考えや経験を垣間見…