2021-03-01から1ヶ月間の記事一覧
限りないいのちに遇って 限りある身を尽くす (金子 大榮) 仏教では、無量寿なるいのちを説きます。南無阿弥陀仏とは、無量なるいのちと光を持った仏に絶対的に信頼して帰依する名告(なの)りです。ところが、われわれ衆生のいのちは限りある身を持った寿…
「殺」の上に成り立っている日暮らし、 それがわたしたちの日暮らしである。(広瀬 杲) 仏教では、自ら殺すのと、他人に殺させるのと、どちらが罪が重いかと問います。また、知っていて殺すのと知らずに殺すのと、どちらが罪が重いかと説きます。常識的にみ…
死ぬ時に、一人ひとりが豊かな心で 死ねる社会が本当の豊かな社会。 (宮城 顗) 長寿社会をむかえた今日、どのようないのちをお生きるかが問われてきています。長生きすることはありがたいことですが、同時に多くのリスクを背負わされていくのです。今、年…
どんな現実の難関にあっても 耐えていける人間を生み出す。 それが仏法である。 (安田理深) 人生には調子の良いときもあれば、思うことがかなわないときもあるでしょう。わたしは十六年前、長女の自死という境遇に出遭いました。何故、どうして娘は自らの…
真のいのちは波及する (金子大榮) 最近は家族葬と称して、自分たちの都合で、葬儀を簡略化している傾向にあります。もちろん派手にする必要はありませんが、本当に亡き人のいのち、願いを受け継いだ葬儀になっているか疑問です。 略 かつて元検事総長の伊…
順誓(じゅんせい)が蓮如上人に、「信心がおこったそのとき、罪がすべて消えて往生成仏すべき身に定まると、上人は御文章にお示しになっておられますけれども、ただいま上人は、命のある限り罪はなくならないと仰せになりました。御文章のお示しとは違うよ…