2019-07-01から1ヶ月間の記事一覧
山をいでて、六角堂に百日こもらせ給いて 『恵信尼消息』(比叡山を下りて、京都の頂法寺、六角堂に百日間、お籠もりをされました) 六角堂というのは、京都にある頂法寺のことで、聖徳太子によって開設されたといわれているお寺です。 親鸞は、日本天台宗の…
祖師上人は弥陀如来の化身にてましますということあきらかなり『親鸞伝絵』巻上(親鸞聖人は、阿弥陀仏が変身して、この世に現れた人に違いありません) 化身というのは、仏や菩薩が人々を救済するために人間の一人としてこの世に現れた姿のことですが、応身…
最近の統計によりますと、日本の殺人事件の約5割は、親族間で起きているそうで、驚いています。そういえば、最近よく、親子間や夫婦間での殺人事件を耳にすることが多いように感じられます。 たとえば、何かの原因で親子間に亀裂が入るとどうでしょう。仲睦…
一人居て喜ばは二人と思うべし 二人居て喜ばは三人(みたり)と思うべし、その一人は親鸞なり「御臨末御書」(一人で仏法を喜んでいる人は、二人と思い、二人で仏縁を喜んで いる人たちは三人と思ってください。そのもう一人は親鸞です) 四国の八十八ヵ所を…
「他人を指さす時は、残りの指が自分をさしていることをわすれるな、と言った人がいる。まさにそのとおりで、人に向ける非難や誹(そし)りは、しばしば、自分自身にもあてはまる。私もそうだが、自省の苦い思いとともにこの警句にうなずく人は結構多いに違…
明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは <伝親鸞・出典不詳>(桜の花が明日も咲いていると思っていると、夜半(よわ)の嵐で散ってしまうかもしれません) この歌の作者がだれであったのか、ということは明らかではありませんが、一応伝説としまし…
朝(あした)には紅顔あって 夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり / 蓮如 親にとって一番の悲しみは、わが子に先立たれることではないでしょうか。いつかは酒を酌み交わしたい。花嫁姿に泣かされてみたい。心のなかのあたたかい気持ちが突然断ち切られてしま…
私たちが「自力」と呼んでいる厳しい行をなさる方に、いろいろお話をうかがいますと、「最後のところは仏さまの力に依(よ)っている」と、よくおっしゃいます。けれども、ギリギリのところだけではなくて、すべてを阿弥陀如来のお慈悲におまかせするのが易…
仏さまはどんな方であろうかということは、今日、次第にわかりにくくなってきているといえると思います。 (略) 困ったことは、仏という言葉を、全く違った意味に使う世の中の風潮があって、人間の遺体、亡くなった方の身体を、仏と呼ぶ習慣が非常に強いこ…
諸法実相 / 法華経 私たちは、元気なことを素晴らしい、お金があることを素晴らしいと考えます。一方で歳を取って、身体が衰えてしまうことを、自分の価値がなくなってしまったと思い悩みます。 もともと人の姿は歳を重ねるにつれて、移り変わっていくもの。…
宗祖親鸞聖人は『高僧和讃』に、 生死(しょうじ)の苦界ほとりなし ひさしくしづめるわれらをば 弥陀弘誓(ぐぜい)のふねのみぞ のせてかならずわたしける と述べられています。これは、七高僧のお一人、龍樹菩薩を讃えられたものの一首で、生まれて死んで…
(7月)浄土真宗のならいには 念仏往生ともうすなり The tradition of the true Pure Land teaching speaks of birth through the Nembutsu. (8月)涅槃の真因は ただ信心をもってす The true cause of attaining nirvana is the entrusting heart alone. …