いつも初めてのように (We Should be Always Take as if It's First Thing)
阿弥陀如来の明るい眼に頭が下がったものは、何度、同じ南無阿弥陀仏の教えを聞いても、初めて聞いたような感動を覚えるものである。私たちはともすれば長い間教えを聞いていると、みんな当たり前になってしまって、もっと珍しいことはないか、変わったことないか、という聞き方になる。これはまだ目覚めた心にめぐりあっていない証拠である。同じことを何度聞いても初めてのように受け止めたいものである。
【 現代語訳 『 蓮如上人御一代記聞書 』 高松信英 法蔵館 】
阿弥陀如来に救われている人は仏法を聞いて、初めて聞いたような感動を覚えるもの である、と言われます。しかし、いい加減な聞き方を長い間している人は、まだ救われていないことになります。同じことを何度聞いても初めてのように受け止めることができる人が救われていることになります。