念仏より大切なものはない ( Nothing Is More Important than the Nembutsu )
一期(いちご)の大事、ただ是(これ)にすぎたるはなし(一生の中で最も大切なことは、念仏の他にありません)『末燈鈔』
“一期”といいますのは、“一期一会(いちごいちえ)”というときの一期ですから、一生、と理解してよいでしょう。
人間の一生にとって、一番大切なことが何であるか、ということは、それぞれの人によって違っているかもしれません。
ある人は“金”、またある人は“家族や肉親”、さらに別の人は“仕事”、といった答えをするかもしれませんが、よくよく考えてみますと、その人を生かしている何ものかが最も重要なのではないでしょうか。金や物はいつかはなくなってしまいますし、肉親や家族も、死後の世界にまでついてきてはくれません。
そうなりますと、一生を通じて最も頼りとなるのは、強い信仰心となるのです。
“是”と親鸞が言っているのは、念仏のことですが、彼にとってみれば、この世のいかなるものよりも、死後の往生成仏を確定していただいたことの安らかさから発する感謝の念仏こそが、最も大きな頼りとなったのです。
【 『親鸞の人生訓』 花山 勝友 】
親鸞聖人が言われるように、念仏より大切なものはありません。阿弥陀さまに「死後の往生成仏を確定していただいたことの安らかさから発する感謝の念仏」だからです。
蓮如上人も『御文章』で、行住坐臥に(歩いていても、止まっていても、坐(すわ)っていても、臥(ふ)せていても)いつも(感謝の)念仏を申しなさいと勧めておられます。
「浄土真宗の信者には、念仏より大切なものはありません。( To the believers in Shin
Buddhism, nothing is more important than the nembutsu. )」