「いいじゃないの浄土があれば」
「仏法においては、愛するものと別れる悲しみにも、求めても得られない苦しみにも、すべてどのようなことにつけても、このたび必ず浄土に往生させていただくことを思うと、喜びが多くなるものである。それは仏のご恩である」と仰せになりました。
【 「蓮如上人御一代記聞書」(現代語版) 】
この文を拝読しますと、もうずいぶん前に流行った歌でレコード大賞も取った、「いいじゃないの幸せならば」(作詞:岩谷時子 作曲:いずみたく 歌:相良直美)という歌を思い出します。その歌の一番と四番の歌詞は次のようです。
(一)
あのとき あなたと くちづけをして
あのとき あの子と 別れた私
つめたい女だと 人は言うけれど
いいじゃないの 幸せならば
(四)
あしたは あなたに 心をのこし
あしたは あなたと 別れる私
つめたい女だと 人は言うけれど
いいじゃないの 幸せならば
当時、この歌の題名に引かれました。いろんな悲しいことも、「いいじゃないの幸せならば」と思えるなら、それを乗り越えていけそうな力強さを感じたからです。
ところで、この歌の一番と四番の最後の行の「幸せならば」を「浄土があれば」に置き換えて、「いいじゃないの浄土があれば」、としたらどうでしょう。どんな悲しみも苦しみも、すべて解決できるように思います。実際に、一番いやな「私の死」を想定して、たとえばこのように口ずさんだとしましょう。「もしも私が死んでも いいじゃないの浄土があれば」… 。すると、魔法にかかったように心が晴れるのです。
上記「御一代記聞書」の中で、蓮如上人の言われることを、わが身のこととして受け取れる幸せを感じます。
What does it matter to you?
それがあなたにとってどうしたっていうの(いいじゃないの)
Since the Pure Land exists.
浄土があれば