人生の無常を早くから知る (Knowing Early the Transiency of Life)
明日ありと思う心の仇桜 夜半に嵐の吹かぬものかは <伝親鸞・出典不詳>(桜の花が明日も咲いていると思っていると、夜半(よわ)の嵐で散ってしまうかもしれません)
この歌の作者がだれであったのか、ということは明らかではありませんが、一応伝説としましては、松若丸と呼ばれていたころの親鸞が、九歳のときに発心して、青蓮院(しょうれんいん)に参上したときに詠んだもの、といわれています。
すなわち、師として選んだ慈円(慈鎮和尚)が、彼の決心を聞いて喜び、「それではさっそく得度式をしてもよいが、今日はもう遅いので明日にしよう」と言ったときに、松若丸が口ずさんだのがこの和歌であった、といわれています。
親鸞聖人は、松若丸と呼ばれていた子供の頃に、4歳で父君を、8歳で母君を亡くされたといわれます。「上記の詠は、聖人が9歳で仏門に入られた時に詠まれたものだと伝えられています( It is said that the above tanka poem was composed when Saint Shinran
entered the Buddhist priesthood at nine.)」。無常がひしひしと感じられます。
まだ9歳という若さで仏門に入られる動機となった背景には、このような両親との別れという、人生の無常を早くから知る出来事があったことが、要因の一つだと思われます。