お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

Going Solo(おひとりさま)

 ある人が金森の善従に、「このごろは、あなたもさぞかし退屈でつまらないことでしょう」といったところ、善従は、「わたしは八十を超えるこの年まで、退屈と感じたことはありません。というのも、弥陀のご恩のありがたさを思い、ご和讃やお聖教などを拝読していますので、心は晴れ晴れと楽しく、尊さでいっぱいです。だから、少しも退屈ということがないのです」といったということです。(「蓮如上人御一代記聞書」 現代語版)
A person said to Zenju in Kanamori, “ You must be bored and tired these days. ” And
then it is said that Zenju answered, “ I've never been bored or tired of my life until
this age, over 80-year old. Since I'm thankful for Amida Buddha's compassion, reading the hymns and sacred teaching books and the like, I feel cheerful, happy and am filled with reverence for the Buddha. That's why I don't feel bored at all. ”


 予期せぬ病気で、予期せぬほどあっけなく、夫は亡くなってしまいました。それまで夫とは長年二人きりの生活だったので、実質上私は‘おひとりさま’になったわけです。周囲の人たちの中には、「寂しいでしょうね」「退屈じゃないですか」、となぐさめて下さる人もいます。私はその方たちの気持ちもよく分かり感謝しているのですが、あに図らんや、至って元気に過ごしています。
 と言いますのは、ご一代記聞書の中で、善従が言っているように、「弥陀のご恩のありがたさを思い、ご和讃やお聖教などを拝読していますので、心は晴れ晴れと楽しく、尊さでいっぱいです。だから少しも退屈ということがないのです」という言葉がそのまま私に当てはまるからです。このように言った時の善従の80を超える年齢までには、まだだいぶ(?)あるようですが、その時になっても退屈ということもなく、寂しくもないだろうと思っています。
 それに私には、息子家族という心やさしい家族が、スープの熱いキョリにいて、何かと力になってくれるので、このことも、弥陀の御恩に対する思いを一層深めてくれるのです。
 このようなわけで、おかげさまで気楽な‘おひとりさま暮らし’を楽しんでいます。