お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

The Destination of Our ‘Lives’(「命」の目的地)

 私の“いのち”の目的地が、もし設定されていなかったら・・・。私はどこに向かえばいいのか迷ってしまいます。考えてみれば私には、私の“いのち”の目的地をつくることは、できません。だからこそ、阿弥陀さまはすでにお浄土をご用意してくださっていたのでした。 
  (中略)
 「お浄土に往きたいのですが、どうやって往けばいいのでしょう」と親鸞聖人にお尋ねすると、「尊く素晴らしい心を起されましたね!ようこそ聞いてくださいました。私もあなたと一緒に歩んで往きましょう」とおっしゃってくださるでしょう。阿弥陀さまのお浄土のことを一番よく知っておられる親鸞さまが、「ついていらっしゃい」と、お浄土の道を共に歩んでくださるのです。その一歩一歩がそのまま、阿弥陀さまが私をお浄土へとお運びくださる、大きな大きなお救いの中での歩みなのですね。                   
 たくさんの先輩方やご縁のある方々が、お浄土で待っていてくださいます。再会を楽しみに、私は今を、この人生を精いっぱい生きて往きたいと思います。(内田正祥・三重県正覚寺住職)                     
     【 『やわらか法話』(1) 本願寺出版社 】          
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 上の文の前には、「ある日、車ででかけて、ふと気がつくと、ナビが案内をしてくれません。なぜなのだろうと、よくよく画面を見たら・・・目的地を設定するのを忘れていました。案内してくれないのは当たり前ですね。まず目的地を設定しなければ何も始まりません」と書かれています。                                  
 全くそのとおりですね。命の目的地が浄土と定まれば、著者の言葉のように、「この人生を精いっぱい生きて往きたい」と、心から満足して歩むことができます。これほど喜ばしいことがあるでしょうか。               
( I quite agree with what Mr. Uchida says. Once the destination of your life is set, as he
says, you can proceed satisfactorily from the bottom of your heart, determining to live
your life with all your might. Is there any other more joyful matter than this? )