お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

To Meet with My Own Self(自分自身に会う)

 ドイツの哲学者ニーチェ(1844−1900)は、「各人がそれぞれ自己自身にもっとも遠い存在である」< Each person is the one who is the furthest from his own self. > と言いました。                                       
 この言葉に対して、鷲田清一氏(哲学者・1949− )は「折々のことば」(朝日新聞)の中で言っています。「『道徳の系譜』のなかで引かれているドイツの格言。最も見えにくいのは自分自身である。ということは、自分を他者の方から見る術(すべ)を磨く必要があるということだ。だからまた、自分がほんとうは何も知らないということを知っている人が、いちばん賢いということになる。私の看板であるこの顔、それをよりによって自分だけが見られないことの怖さに心が凍りつく」。                             
 古来、一番近い存在でありながら、一番わからないのが自分自身であると言われています。なのに、私の部屋のカレンダーに書かれている今月の言葉は、「出会わねばならないただひとりの人がいる。それは私自身」(廣瀬杲)です。< There is one
person for sure whom I cannot help but meet with. That is my own self.> 「最もわからない自分に会う」のです。これは、私自身が会おうと努力しても無理でしょう。私自身は仏眼を通してしかわからないからです。阿弥陀仏が見抜かれた私自身の姿は善導大師によって、「自身は現にこれ罪悪生死の凡夫、曠劫よりこのかたつねに没し、つねに流転して出離の縁あることなし」と明示されています。仏教によって、初めて自分自身に会うことができるのだと知らされます。これは裏を返せば、仏教によらなければ、本当の私とはどういうものかわからないし、自分に会うことはできないということでしょう。                                    
   ※参照 http://d.hatena.ne.jp/miko415/20150108    
                 (カレンダーの言葉)