お慈悲のままに

日々、思ったことを綴っていきます~(ちょっと英語もまじえて)。私の趣味は‘英語を楽しむこと’です。その一環として少し英語を取り入れることにしました。

The Speech of the A-bomb Victim(被曝者の講演)

 8月6日は、今年で被爆71年の広島原爆の日でした。去る5月には、オバマ大統領がアメリカ現職大統領として初めて広島を訪れ、原爆慰霊碑の前で演説しました。このことにより、核兵器廃絶を求める被爆者団体や関係者の間では、一層核兵器廃絶を求める動きが加速しているようです。                                


 私の住む地方でも、先日「被爆者のつどい」があり、参加しました。講演をされたのは、2年前にもお話をされた飯田國彦氏でした。前回同様、飯田氏の話からは、原爆の及ぼす悲惨な姿がひしひし感じられたのはもちろんですが、今回は、飯田氏のこれまでの被爆による病歴が特に凄まじく感じられました。                        


 飯田氏は3歳の時に被爆し、現在74歳ですが、小中学生の頃の貧血、めまい、十二指腸潰瘍、胃腸カタル、成長ホルモン分泌異常等の病気から、その後20代から70代の現在まで、十数種類もの病気を乗り越えてこられました。そして現在もなお脳下垂体腫瘍と、ホルモン分泌異常を抱えておられます。氏のこれまでの人生は、絶えず病気との戦いの歴史であり、今も続いているのです。                            


 このような中、氏は全国各地を核廃絶のために語り部として、原爆の悲惨さを語り伝えておられます。二度と原爆の悲劇を起してはならないという強い思いが、氏を突き動かしているからに違いありません。最近、氏がテレビニュースの中で話しておられた「本当の悲惨さを知っている人は、核兵器は作りません」という言葉が、ずっしりと胸にこたえました。 
 今夏初めて原爆死没者は30万人を超えたそうです。以前(2年前)も書きましたが、


仏教的観点から見ますと、せっかく「人身受け難し」と言われる生まれ難い人間界に生まれながら、悲惨な人生を余儀なくされたとは、実に残念なことです。 
( Thinking of a-bomb victims from the viewpoint of Buddhism that teaches ‘ it
is very difficult to be born a human being’, we have no other way but saying it is
awfully regrettable for them to have been forced to live so miserable lives notwith-
standing having been born a human. )
 今こそ核兵器廃絶( No nukes, now or never! )を真剣に考え、飯田氏等被曝者の思いに共鳴すべきだと思います。                               


    ※ http://d.hatena.ne.jp/miko415/20140808                  
                   (被曝者の言葉)