「この道しかない」という覚悟で歩む
たとひ法然聖人にすかされまいらせて、念仏して地獄におちたりとも、さらに後悔すべからず候ふ(歎異抄)
親鸞は教えを乞いに来た人たちに向け、「たとえ法然聖人に騙されて、念仏して地獄に落ちてしまったとしても、後悔することはない」といいました。「他の修行で仏になれるはずだった自分が、念仏をしたために地獄に行ったのであれば騙されたと思うかもしれない。しかし、どのような行も満足に行えない自分はもともと地獄行の身であり、念仏の道しかない」というのです。
親鸞は厳しい修行に挫折し、絶望したからこそ、法然の説く念仏の道に光を見出しました。「自分にはこの道以外はないのだ」と確信したとき、その行き着く先がどのようなものであろうと、疑うことなく歩いていけるのです。
【 『 くり返し読みたい 親鸞 』 監修;釈 撤宗 リベラル社 】
親鸞聖人は、法然聖人の教えに絶対の信頼を置いておられたからこそ「疑うことなく歩いていける」と確信されたのです。仮に騙されて地獄に落ちたとしても、後悔の念にかられることもないと、「念仏の道に光を見出された」のでした。親鸞聖人の強い覚悟が伝わってきます。
「この道しかない」という覚悟で歩む ( I make up my mind that there is no other way except this way. )