仏教の教える「因縁」について( About a Fatality That Buddhism Teaches )
仏教では「因縁」について次のように教えています。
[仏] ものごとの生ずる原因。因は直接的原因、縁は間接的条件(因と縁は同義にも用いる)。また、因と縁から結果(果)が生ずること。縁起。転じて、定められた運命。(広辞苑)
世間には、縁に関する色々な表現がありますが、少し上げてみます。「前世の縁」「縁あってめぐり会う」「金には縁がない」「縁が切れる」「親子の縁」「縁に感謝する」「縁を大事にする」「縁を頼る」「縁をつなぐ」等々。
次は慣用表現です。
1.縁と浮世は末を待て(良縁と好機会は、時節の来るのを待つべきもので、あせってもだめである)
2. 縁なき衆生は度し難し(いかに仏でも仏縁のないものは救済しにくいように、人の言を聞き入れないものは救いようがない)
3.縁に付ける(嫁入りさせる、縁づける)
4. 縁に連(つ)るれば唐(とう)の物(何かの因縁で思わぬものと関係が生じるの意)
5. 縁は異なもの味なもの(男女の縁は不思議なものであるの意、略して「縁は異なもの」とも)
「袖振(ふ)り合うも多生の縁」とも言われるように、縁の満ち満ちた娑婆世界であると、改めて感じ入っています。